新寛永通宝文銭
新寛永銭の中で最初の文銭。背に文の字が基本的に入った美銭が多い一群です。江戸の亀戸で鋳造とされています。一説では大仏銭と呼ばれています。京都の寺の大仏(豊臣氏が建立した)が壊れたことにより、その銅材料を銭に当てたとの言い伝えがあります。もしこれが本当であれば、何故に江戸で鋳造されたのか疑問です。これ以降も京都にて、七条銭等不旧手が鋳造されています大量の規格的な鋳造です。しかしこの銭は、将軍のお膝元で鋳造されるべき銭です。また、この時期大判座も小判座も江戸に集められています。たとえ銭(商人たちが請負で作るのが基本です)とは言え、中途半端な管理下で作られたことは考えられません。現存する文銭も美銭が多く、均一された作成が覗えます。恐らく大仏は噂にしか過ぎないと思います。江戸で作られた銭に威厳を持たすつもりで作り出された噂だと思います。

話が少し外れますが 銭と大仏は縁の深い関係です。日本では、和同開珎が奈良の東大寺大仏建立の際、大量に鋳潰されたり、今回の文銭のように、仏像を溶かして作られたりしています。中国でも、廃仏的な領主が仏像を鋳潰し、銭を鋳造しています。

正字 25.2mm正字 短尾寛 25.2mm正字面背陰起 25.2mm正字削用柱 25.3mm
中字 24.8mm細字 25.2mm繊字(細字小文)25.2mm
深字 小文 24.7mm島屋無背 25.6mm縮字 25.2mm退点文 25.1mm

基本的には面だけで正字、中字、細字、繊字、深字、縮字、退点文、島屋文と8種類に分かれますが、正字だけでも3種類上げているように、多種に分類できます。背についても多岐に分類できますが、決まりごとがあり、面と背は必ず一致します。良く見てもほとんど一緒に見えると思いますが、例えば、退点文は寛字のノ(12画目)が他と比べて短いです。

集めてみて初めて気がつき、嬉しくなった瞬間です。

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